アメリカの事例から学ぶ、ベンチャーデットの市場規模や利用企業の広がりとは?
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米国で活用が進むベンチャーデット
ベンチャーデットとは、企業の将来的な資金調達可能性に着目したデット(負債)性の資金調達手段です。日本ではまだサービスを提供する事業者が増え始めた段階ですが、海外のスタートアップにとっては既に一般的な資金調達の選択肢として広く利用されています。
中でも今回は、米国のベンチャーデットの事例をご紹介することで、日本における今後の動向を占うためのヒントを探ります。
スタートアップ大国といえば、まず米国を思い浮かべる方も多いと思います。実際に、ベンチャーキャピタル投資額がGDPに占める割合で比べると、米国は0.40%となっており、G7諸国の中では圧倒的に大きく、日本(0.03%)に対しては10倍以上の差をつけています。
スタートアップ企業にとって、ベンチャーキャピタルによる出資はエクイティ(資本)性の資金調達に該当しますが、実は米国ではデット性のファイナンスも盛んに行われています。
※参考:内閣官房 成長戦略会議 第8回 配布資料 基礎資料「ベンチャーキャピタル投資の国際比較」
米国におけるベンチャーデットの市場規模
米国におけるベンチャーデットの市場規模は、2021年時点で約331億ドル(当時のレートで約3.7兆円)となっています。2011年には50億ドルにも満たないマーケットだったにも関わらず、10年で6倍以上に急成長しています。とはいえ、エクイティ市場と比べると、10分の1に満たない大きさであり、エクイティ調達の補完的位置付けではあります。件数ベースでは、2020年で3000件以上のベンチャーデット活用事例がありました。
なお、日本のベンチャーデット市場の正確な統計データは出されていませんが、100億円にも満たないと推測され、米国とは100倍単位の大きなギャップがあります。
※1:PitchBook “Venture lending flourishes amid VC funding pullback”
※2:PitchBook “Venture Debt a Maturing Market in VC”
米国におけるベンチャーデットの主なプレイヤー
ベンチャーデット先進国である米国には、サービスを提供する事業者も数多く存在しています。
シリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank)
主なプレイヤーとして真っ先に挙げられるのは、シリコンバレー銀行(SVB: Silicon Valley Bank)です。SVBはその名のとおりシリコンバレーを主な拠点とし、40年近い歴史を持つその地で最大の銀行です。イノベーションの発信地であるシリコンバレーという土地柄、スタートアップ企業のニーズを汲み取りやすいことから、スタートアップ企業向けの融資商品を初めて生み出した銀行とされています。
同社によれば、2021年上半期に米国でIPOを果たしたベンチャーキャピタルから支援を受けた企業のうち、実に3分の2近く(63%)がSVBを利用したとのことです。なお、米国では、上場審査基準の違いによりIPO時の時価総額が日本と比べて一般的に高い水準となることから、上場前の資金調達ステージも日本よりも細分化されており、長期に及ぶことも多くなります。こうした背景もベンチャーデットの活用が進んでいる理由の一つかもしれません。
※1:Silicon Valley Business Journal “Big growth in Silicon Valley deposits for J.P. Morgan but Cometica takes a hit”
※2:Silicon Valley Bank “How Startups Use Venture Debt”
ヘラクレス・キャピタル(Hercules Capital)
米国における非銀行系で最大のプレイヤーは、ヘラクレス・キャピタル(Hercules Capital)です。2003年の設立以降、590社以上に資金提供してきました。ヘラクレス・キャピタルは銀行のように預金から貸出を行うのではなく、ベンチャーデットファンドを組成・運営することで貸付を行っています。著名な借り手顧客の中には、クラウドサービスのBoxも含まれます。また、ベンチャーキャピタルや未公開株式投資会社(PEファーム)と共同出資の場合では、1000社以上の投資実績があり、ベンチャーデットとエクイティを組み合わせた資金調達を支援しています。
注力分野としては、ライフサイエンス、テクノロジー、SaaS、サステナブル/リニューアブルの4つを挙げています。ヘラクレス・キャピタル以外でも、ベンチャーデットファンド運営者には、専門とする業態・業種を掲げている場合が多くあります。これは、分野を絞って審査や出資条件の知見を蓄積することで、精度向上や業務効率化を図っているものと考えられます。資金の借り手側としても、自社のビジネスモデルへの理解が深い貸し手に打診する方が、交渉をスムーズに進めることを期待できます。
※参考:Hercules Capital ウェブサイト
ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)
米国でのベンチャーデットの広がりが感じられる例として、ウェルズ・ファーゴ(Wells Fargo)も合わせて紹介します。ウェルズ・ファーゴは米国四大銀行の一角で、日本でいえばメガバンクにあたり、総資産では全米4位、支店数では全米1位を占めています。このような伝統的な大銀行も、”Wells Fargo Strategic Capital”という部門を設けて、エクイティ投資と合わせてベンチャーデットを提供しています。ウェルズ・ファーゴのネットワークや信用力を活用して、シンジゲート団を組成することで更に大型の資金調達を実施することも選択肢に含まれるとしています。
※1:Bankrate “The 15 largest banks in the US”
※2:Wells Fargo “Strategic Capital”
米国におけるベンチャーデットの対象企業
ベンチャーデットは、借受けた金額を決められた期限で返済するという特性上、アーリーステージ以降のスタートアップで活用されるのが一般的です。しかし、ベンチャーデットの歴史が長く事例が豊富な米国では、ステージを問わない利用例も増えてきています。これは、ベンチャーデットの内訳に、単なる融資・借入だけでなく、転換社債(CB)、タームローン(期間が中長期となる貸付)、レベニュー・ベースド・ファイナンス(RBF、企業の将来の売上の一部を債権として予め譲渡するスキーム)、エクイップメント・ファイナンス(設備投資に限定したローンまたはリース)といった様々な形態が含まれるようになってきたことと関連しています。ステージごとの異なる資金調達ニーズに合ったベンチャーデット手法を生み出すことにより、様々なステージの企業が活用しやすくなったということです。
例えば、シードステージの企業の場合でも、転換社債により調達することができるようになってきています。貸し手としては、企業のリスクと、まだ株価が低いうちに支援することによる将来のアップサイドとのバランスを取った条件を付けている形です。
一方で、レイターステージにおけるベンチャーデットの利用事例もあります。UberやAirBnBといった著名企業も、IPO前に10億ドル規模の大型調達をベンチャーデットで行いました。レイターステージにおける特徴は、それ以前のステージの企業よりも債務不履行(デフォルト)リスクが低いことから、大手銀行やBDC(Business Development Company: 事業開発会社のこと。中小・新興企業へ融資・投資を行う米国法に基づく投資法人)も貸し手として参加する点です。レイターステージでも新株予約権(ワラント)を付与してベンチャーデットを実施することがあり、例えば前述のAirBnBの場合、初値がIPO価格の2倍余りとなったことから、貸し手に大きなリターンをもたらしました。こうした大型案件の影響により、レイターステージでのベンチャーデット市場も拡大を続けています。
※参考:PitchBook “Venture Debt a Maturing Market in VC”
米国におけるベンチャーデットの調達条件
ベンチャーデットの対象企業が広がるにつれて、調達条件も様々になっていますが、ここではアーリーステージからミドルステージ向けの標準的な条件として、シリコンバレー銀行の事例を紹介します。
シリコンバレー銀行では、金利は10~12%程度、投資額は負債比率が35%未満に収まる水準、返済期間は33~36ヶ月程度と設定されています。ワラントの付与はある代わりに、特約条項の付与や資金使途の制限は行わない形を取っています。
※参考:野村資本市場研究所 「ベンチャー・ファイナンスの多様化に係る調査」
米国の事例をもとに日本のベンチャーデット市場の広がりに期待
米国におけるベンチャーデット市場は成長を続けており、既に日本の100倍以上の規模だといわれています。ベンチャーデットの提供者も新旧入り混じり、利用できる企業の幅も広がっていることが特徴的でした。
日本ではまだまだベンチャーデットという言葉自体が新しく、事例も限られていますが、目下政策として掲げられているスタートアップ支援強化とも親和性があると考えられ、発展が期待されます。今後は日本においても米国同様に、企業の様々な資金調達ニーズに応えるベンチャーデット手法が広がっていくかもしれません。